思いは雲のように
徒然なるままに

このページは、小佐野哲二がちょっと考えた事・思った事・出会った事・した事などをメモ程度に書きつづるものです。

MEMO

2017年10月14日「義姉との別れ」

 色々有った。
 5日は義姉の火葬というので、イワキまで前の日に家族四人で出かけた。もう何も言わないで冷たくなってしまった 義姉の姿に何度となく涙し、骨となってしまった義姉の骨を拾い骨壺に収め、その場から一端家に戻った。
 葬儀まで時間があるので、本業の石の作品作りの為の石探し。糸魚川に行ったり、写真家の友達から言われ、河口湖の近くのギャラリーの展示会に、急遽参加する為に作品を搬入したり、依頼されていたチラシのデータが届いていたので、それらを制作していたりと何だか心ここに有らずだが何とかこなして今日に到った。
今日は、朝早く河口湖を出て町田に寄り、上の子の車に乗り換えて下の子の運転で、家族4人イワキに向かって車を走らせた。
お昼過ぎに、美紀の実家近くのラーメン屋さんで昼食。「ラーメンとソースカツ丼」何て言うボリュームの有る物を食べてしまった。凄く旨かった!チョット食べすぎかな?
実家でくつろいでいる義兄達に挨拶をするが、やはり義姉の笑顔が無いのは寂しい・・・・!!
お通夜では、前の親族席に座り、いや、殆ど立ってご焼香の人たちの挨拶に答え頭を下げる。その間中、色々な事が頭の中で騒いでいた。
「人は色々な人に出会うために人生を過ごす。でも、出会えば何処かで必ず別れがある。多くの人と出会えば出会うほど、親しくなればなるほどその別れは辛くなる物なんだ。それは、出会った事が生みだす最終ステージなんだ・・・。必ずそれは生じる物なんだ。」と、改めて実感した・・・。
義姉の御霊を思いながら・・。

2017年10月3日「祈りの像を彫った」

 9月2日から26日までの長期展示会も終了しました。
日本からの持ち出しに対して重量が気になる海外からのお客さんや、価格もお手頃な小さい花器など小物が結構動きましたので、その石を探しに行くべく企画していた石探しの旅。
 その1はまず、暫くご無沙汰していた町田の家に27日に戻り家族との団らん。そして、真鶴や小田原の海岸ので、梟や女性達の姿をそこにある石の中に見つけ持ち帰り。小松石をと思い、山に入るがそこには大きくかわり何も見つからず、暫く小松石は期待できない。しょぼんとして河口湖に戻った。次の石探しは、糸魚川です。
 1日の夜中に出発して2日の朝早くから糸魚川の海岸で石探しと思って準備していたら、一本の電話が美紀の携帯に入った。「義姉が亡くなった」未だに信じられない。予定を変更。10/5に火葬。15日に告別式だそうです。そんな訳で、義姉の事を思いながら「祈りの女性」を彫っていました。先日小田原の海岸で見つけた石で・・・。

↑top