思いは雲のように
徒然なるままに

このページは、小佐野哲二がちょっと考えた事・思った事・出会った事・した事などをメモ程度に書きつづるものです。

MEMO

2011.7.28「横浜高島屋の展示会」
会場での様子です。結構評判はよいのですが・・・。
すぐ前では、九谷焼のセールスをしています。ご婦人達の後ろ姿を眺めている私です。

2011.7.26「展示会の飾り付けしてきました。」

横浜高島屋の搬入日です。久し振りに7階食器売り場にあるクリエーティブ工房での飾り付け。4時頃車で到着。荷物を預け、暫く久しぶりに会う売り場の人達に挨拶。今回一緒に組んで居る長野の陶芸家の市川さんとも本当に久し振りに会った。また、会場の隣では、木のネックレスなどを作っている不思議工房の上條さんも作品を並べます。木と陶芸作品に挟まれ、6時過ぎに今日までの展示会の作品が片付き作業開始! 何とか8時過ぎぐらいまでに綺麗に作品を並べることが出来ました。作品中何点かに詩の書き物もその隣りに並べ、ちょっと良い感じになったかな?写真機を持って行くのを忘れたので、明日その風景をアップしたいと思います。明日からどんな人が来てくれるのかな〜・・・。

2011.7.23「河口湖町に移ったら国民健康保険税の請求が倍になった!!!」

私が河口湖町に住民票を移し2年が経ちます。先日河口湖町から「国民健康保険税支払い」通知が届きました。開けてビックリ、収入があまり変わらないのに、それは過去の倍以上になっているのです。そこで、色々と調べてみました。
保険には医療分・支援金分・介護分があり。それぞれ「均等割り額」「平等割り額」それ以外に収入に応じる「所得割率」そして無い自治体も有りますが、「資産割率」で構成されています。2年前は私は町田の住民だったので、町田市と富士河口湖町の二つの町を比較してみた。

金額が固定している均等割と平等割り額に関しては、併せて年間約3万円ほど町田が安い。収入に関しても町田の方が4.9%程安い。まして、財産に関しては固定資産税の45%程を富士河口湖では支払う形となっています。ちなみに町田市はこの支払いは有りません。
各市町村によって国民健康保険の集める計算は任せられているために、その比率などバラバラな様です。
そもそも、家や土地の所有に関しては、それに対する税金を払っているのに、国民健康保険ではそれの二重取りのようなまねをしている。組合などの持っている健康保険にはそれは無く、町田市のようにそれを入れない自治体も多くある。
理解しがたい点である。役所に行って聞いても「そうなっていますから・・・」「支払えないならば分割という方法もあります・・・」とだけしか帰ってこない。

この差額は我が家にとっては生きるか死ぬかぐらい重要な金額になっている今。真剣に町田に住民票を戻そうかとも考えています。それだけで来年から収入(所得)100万円→13万円  収入200万円→18万円  収入300万円→22.7万円  収入400万円→27.5万円  収入500万円→32万円ほど国民健康保険料が安くなるんですから・・・。

それにしても、この格差に対して国は何とも思わないのだろうか?
最近の国や自治体の考え方に不信の念を抱いてばかりの私です。

2011.7.21「展示会夜布作品のリストアップの日です」

台風が南下してくれ、山梨の今日は寒いくらい温度が下がり、曇り時々雨の一日でした。
横浜高島屋の展示会が一週間を切った。今日は、高島屋に出展リストを提出の日です。朝から、作品をまとめ上げ、値段付けです。これが、結構頭を悩ます時間です。会場も、今回はそんなに広くないので、何を持って行くか。ギャラリーにスケールを持って一応作品を置いてみて・・・。これが売れたら・・・。などと、皮算用の自分でした。リストは、最終的にはエクセルデーターに変換して、メール送信!
夕方は、「夏の展示会用の案内状を作って」と陶芸作家の友達が来てコンピューターに向かっていました。

2011.7.18「小松石の水盤の盆景作品の制作」

「水を身の回りに飾る」その事により涼しさを感じること。そんなことも、有りかもしれませんね。(トップページより)

と言うことで、小松石で水盤を造り、そこに安倍川で探した岩山を思わす石で花留めを制作。二つの石が石庭のように並ぶ。そこに草木などを入れて、暑い夏に盆景を楽しんで頂けたら・・・。なかなか良い物が出来た。
明日は、安倍川で見つけた石で花器を作ろう。小松石と安倍川の石は何故かとっても会う感じがする。おそらく、ちょっと造りが違うが、直線的なラインと錆びと言った共通点が有るからだろうか・・・。作品は、27日からの横浜高島屋での展示会会場で。

2011.7.16「熱い中 安倍川へ石探しにい行く」
朝6時工房を出発。静岡市の西側を流れる安倍川に8時頃到着。久し振りに安倍川に来ました。次の横浜での展示会に出展する作品の為に、ここの石で作品をもう少し作りたく思っていたら、Aさんが「安倍川に行くんだったら付き合うよ」との言葉で行く事を決意。やはり30度を遙かに超える太陽の暑さ、そして、その太陽に熱くなった石達。流石に身体はきつい。水分補給をしながら、川辺を歩く。途中Aさんは、「俺少し休む」と木陰に止めた車の側で休憩。私は、川原の石を一つ一つ見ながら、頭の中は作品イメージ。そして、イメージした石はバックの中に・・・。均整のとれた鉄丸石や風合いのあるごつごつとした石もいくらか見つかりました。でもこの暑さに負け、少し早めの切り上げ。「安倍川餅を買って帰ろう」の言葉に、初めて、名物安倍川餅の「元祖安倍川餅せきべや」と言うお店に行ってみる。そこは、古い造りのお店で、メニューは2つだけ。後お土産のサイズ違いがおいてありました。
車を走らせ、富士宮で「花の湯」という健康ランドで一風呂浴びて帰ることにしました。ここには、死海の塩を使った「塩の湯」なるものがあり、身体がぷかぷか浮いてしまいます。日に焼けた肩・腕や傷のある所が、ピリピリと痛く、少し浸かっただけでギブアップ!色々なお湯に浸かり、少し休んで帰宅しました。明日は作品作るぞ!
2011.7.15「ホームページ『徒然帳』のお引っ越しをしました」

友達が、暖炉の薪にと家の廃材を運ぶ作業を昨日手伝った。大きな木を二人で廃材の山から運びチェンソーで切って借りてきた軽トラで彼の家まで2往復。照りつける日差しの中少し頭がふらふらして、夜はバタンキュー。朝、お腹が痛くてトイレに何回も行った。そんなわけで、本業は何にもする気が起きず、自分のホームページの手直しをしていた。実は、数日前から、メインのプロバイダーのキャパ一杯になってしまったので、アップしようとしてもサーバーにアップできないで居た。そこで、一番メモリーを食っていたこのページを無料のサーバーにお引っ越し。何とか今日一日使ってしまいました。直接見える画像やリンクなどちゃんと直したつもりですが、私のやることです、抜けがあると思います。その辺はご勘弁してください。これで、またHP書けます。

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2011.7.12「55歳になりました」

今、日本では「放射能から子供を守る会」など原発問題に恐怖を感じています。昨日も近くのスーパーで「産地長野・千葉」との表示に対して、「長野のキャベツを買いたいのだけど・・・」とその表示方法に対してクレームを出している人がいました。
また、ホットスポットである柏に住む姪が、まだ小さい子どもを連れて、この夏休みに釧路に原発避難するそうです。
福島産の牛肉から基準値を晴香に超えたセシウムが検出されました。
神奈川のお茶も放射能汚染。
国やメディアは「安全」を連呼。「そこで言う安全て何?」「直ちに症状が現れないから安全?」「それって本当?」
立場で言っている言葉としか聞こえない「安全」

昨日から台湾の友達の息子が友達を連れてゲストハウスに宿泊。遊びに来ました。彼は、日本の大学に通っています。思わず、「日本は怖いから、はやく台湾に帰った方が良いよ」の連発をしている私でした。

2011.7.11「昨日まで工房の広場の草刈りをしていました」

工房の広場にある草を数日かけて刈っていました。昨日なんとか綺麗な広場になりました。最近昼間は暑いので、朝か夕方の涼しい時間帯でないと、かなりバテる。昨日は夕方の作業。刈っていると暗くなりそれで終了しました。今日昼間、そんな広場に男の人が犬の散歩。静かに広場に入ってきてワンちゃんと楽しく遊んでいきました。まあ、ウンチも綺麗に片付けたようだし、よかったね。だけど、これが普通の人のお庭だったらそうはしないよね。やはりここはお庭ではなく、広場なんだね。そういえば、よく車が入ってきて、Uターンして行ったり、入口部分では車が止まって、携帯かけていたりしているもんね。やはり、広場・公園かもね。でも、私のことをあまり無視されると、ちょっと・・・。考えさせられますね。

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2011.7.7「河口湖で翡翠のペンダントを制作!」

河口湖に戻ってきた。風が気持ち良い!夜はちょっと寒い。翡翠のペンダントを制作。やはり翡翠は硬いですね。とっても綺麗な透明グリーンの糸魚川の石です。以前展示会の時に頂いたもので、横浜の展示会に出すべく製作中。ひとつの石の中で綺麗なところを使用しました。今日制作の4個が限界のようですね。考えてみれば貴重な石ですね。
小嶋伸さんのHPにNHK7/9夜7時半の「徹底討論 どうする原発」というテーマで「あなたは今後、原子力発電所をどうすべきだと思いますか?」といったアンケートに答えてください。といったページを紹介した日記があった。書いてみました。
みなさんもこの問題について、考え自分の意見を書いてみてはいかがでしょうか?私の趣旨は、6/23に書いたような内容です。

2011.7.6「アナログ放送終了まであと○○日・・・と五月蠅い画面」

昨晩町田の家に戻ってきた。テレビの左下に大きく「アナログ放送終了まであと19日」の文字。でも、宣伝の時には消えます。じゃまです。字幕の文字がみられません。何でこんな事をするのかな?我が家は、地デジチューナーを買って用意しています。地デジにするとノイズが入る放送会社があります。だから、アナログで見ているのに。スカイツリーが完成すれば、電波が強くなり綺麗になると思います。でもその完成は来年の5月です。それまでノイズの入った状態です。私の居ないときに業者から「地デジ対応のブースターに交換します」と言われたそうです。「すでにその工事は終わっているのにね」なんでかなあ・・・。地デジへの移行時期もスカイツリーの完成に会わせるように調整したらよいのに。融通がきかないんですね。そんな事を思い起こさせた画面でした。

2011.7.2「車のデフオイル交換&HPのお勉強で今日は・・・・」

以前ご近所のAさんから「この車、(エンジンから後ろのタイヤの回転接続部にある歯車部を包む)デフオイルを交換したほうが良いよ。でないと車いちゃうかもしれないよ?結構音がするからね。」と以前言われていた。今日は午前中その彼が付き合ってくれて、吉田にあるオートバックスに行ってきました。帰りに後ろの座席に彼が乗り、「音しなくなった」とのこと。これでしばらく安心です。私の車先日20万キロになっていました。結構乗っていますね。お金が無いので、今年12月車検ですが、この車をあと2年は・・・。と思っています。
お昼過ぎ、私のHPの勉強と思い、オンマウスで一定の場所の画像が変わるようにしようと作業したら、スムーズにその作業が進まず、あれよあれよと時間が過ぎ去りました。その成果は、トップページの「水を楽しむ石たち」の「←拡大  ←戻す」の所です。最後は、真鶴に住む私のmacな先生のTさんに、私のコンピューターを遠隔操作してもらっての完成でした。どうも使用ソフトの問題もあったようです。この操作パターンはちょと気に入りました。これから色々と使っていきたいと思っています。
そんなわけで、今日は本業があまり進みませんでした。夜は午前中お世話になったAさんのお宅にお風呂を借りに行き(まだここにはお風呂がないのです。)一杯いただいてしまいました。

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2011.7月TOPより

工房の敷地内の草が伸び放題
草は、本当に早く育つ
漢字は本当にその姿を表現しています。
決して「草冠に遅いとは書きません」
省エネを考え、これからの暑さを乗り切るには
「水を身の回りに飾る」その事により涼しさを感じること
そんなことも、有りかもしれませんね。

   ・・・7月1日哲二記・・・

2011.6.30「小松石と安倍川の石の風景のある水盤」
小松石の板で水盤を作りました。27 x 15cm 程の幅の水溜りの場所を作りその中に大きさの違う安倍川の石の花留を二つ並べました。なかなか風情のある気に入った作品ができたかな?

水辺の石たち拡大

2011.6.29「綺麗な石のお皿を作りました」
工房に以前からあった石版。その石には大きな結晶があり、不思議に宝石のように光っています。そんな石を使い今日は、今までの作品とちょっと違った物を作ってみようと思った。花器としても、トレイとしても、なんにでも使えるお皿です。こんな作品も有ってもいいのかな?でも、一つだけでは・・・。違った形のものを明日も作ろうかな?
2011.6.25「作品『家族の絆』」
小松石の自然な姿を組み合わせ少しだけ加工して作品を制作していた。

タイトルは「家族の絆」角度により色々な表情を見せるこの作品をみんなに見てもらえるように6方向の写真をフラッシュ加工してみました。それぞれの表情から、「家族の絆」と言うものを想像してみてください。この作品は、7月27日からの横浜高島屋に出展予定です。その時までには。私の散文も付けたいと思います。

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2011.6.23「人は多くの過ちの歴史の中で生きてきています」

「東電社員の父持つ小6の毎日新聞への手紙 全国から反響」と言う記事を読んだ。
「突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です。(原発事故や計画停電についての東電の責任を指摘した毎小の記事を読んで)無責任だと思いました。原 子力発電を造ったのは東京電力ですが、つくるきっかけをつくったのは、日本人、いや世界中の人々です。発電所を増やさなければならなかったのは、日本人が 夜遅くまでスーパーを開けたり、ゲームをしたり、無駄に電気を使ったからです。中でも原発を造らなければならなかったのは、地球温暖化を防ぐためです。温 暖化を進めたのは世界中の人々です。そう考えると原発を造ったのは、東電も含み、みんなであり、みんなも無責任であるといえます。」

ここで、色々考える事はとても大切なことだと思う。おそらく、今回の原発事故で、全世界が色々な考えを提示して、それぞれの行動を起こすのだと思う。科学の力はとても素晴らしいと思う。この素晴らしさは消して否定できない物である。今回、原子力の力に魅了された人間が陥りがちな状態に翻弄してしまっているのが現状だと思う。
原子力に関する知識の乏しい私は、原子力反対派でも、賛成派もない。今回の問題は、人間の力を超えた「原子力を安全だ」と言い、本当に人間の制御できる範疇でそれを使用していなかった事に問題がある。つまり、戦争や今回の様な自然界のアタックにより、そこが破壊されても、直ぐにそこに駆けつけて直ぐに問題解決出来ると言うシナリオが成り立つ。そこで、初めて「原子力は安全である」と明言できる。つまり、人間のコントロール下に有るシステムということが言えるのです。それを、誰が、原発を推進している人達に質問したのでしょうか?誰も質問していないのであれば、その言葉を言わせていたと言う意味で、前記した小六の子供の言うとおりだと思う。実際私も今回の事故で初めて原発に対して思いを巡らす一人でもあるから・・・。
でも、色々な情報を集めてみると、東電はお金をばらまいて、その地域の人達の反対を抑え原発を推進し、その威力を作為的に抑止してきた。そして万が一の場合の準備を何もしてきていなかったと言う事実もけして見逃せない現実である。リスクに対するお金で解決と言った社会体制の問題もそこに有るのかもしれない。
でも、起きてしまった事は、現実として受け入れ、この早期解決に全力で対応し、最小限の被害で終止しする事を心より願うのみである。
放射能による被害は速攻で来るものではなく、ジワジワとボディブローのように時間の経過と共に現れるもののようです。子孫にとても影響が出てくるもののようです。だから始末に負えないのです。
その事を本当に思いながら、いい加減な「安全」宣言はしないで欲しいのです。怖いものは怖い、お金でその感覚を狂わされるのではなく、素直に言い合える環境であってほしい。

つい先日仕事で気仙沼に行っていた甥っ子からメールが来ました「・・・ご遺体もまだまだあり、町全体にハエがいっぱいでした。被害状況は、想像以上でいまだに火事場泥棒もたくさんいます。・・・」とのこと。「沖縄慰霊の日」でもある今日、
色々な思いを込めて・・・・「黙祷!」・・・・・

2011.6.22「やはり翡翠は綺麗ですね & ハガキの作り直し」
今日は美紀の誕生日。さて、何歳になったのでしょうか?
あさ、skype mail でメッセージ & skype でのテレビ電話。

私は、河口湖の工房で作品制作、糸魚川の翡翠で、ペンダントを作っていました。なかなか綺麗なグリーンです。流石に翡翠硬い!何故だかグラインダーが一本壊れてしまいました。まあ、結構長い間使用した物ですが、壊れたとなるとまた買わなくては・・・。でも、空いた時間で直そうかな?
昼過ぎ、先日制作した陶芸家の案内状の印刷が上がってきたと言う。色と形が売り物の作品が出来上がり白っぽい。何だか霧が掛かった感じです。彼に来て貰い、それを見た。確かに・・・・。モニターと比較。私のモニター印刷会社の機械に色を合わせたはずだったのに・・・。モニターの方、何故だか大分明るくなって色目も少し違う。おそらく設定が何かの関係でずれてしまったのだろう。モニターの色調整を直し、もう一度制作し直した。
たとえ安い金額でもお金を貰っている以上私の責任です。「私の責任だから、印刷し直しをする。」と言うと、「安く作ってもらっているのに、赤字では問題ある。じゃあ言葉に甘えて、半分出す」と言うわけで、彼の言葉に甘えてしまいました。美を追究するプロたるもの、普段使う道具の手入れや設定をおろそかにしてはいけませんね。良い教訓でした。

2011.6.17「7月の展示会用DM制作&真鶴へ」
ここ数日、9月におこなう西湖のいやしの里でのチラシの制作(展示会予定にアップしました)と、横浜高島屋のDM用の作品を制作していました。
LEDライトの3ラインタイプです。上の石と下の台は簡単に取り外せます。下の台石の裏に電池ボックスを取り付け、アダプターとの両対応です。そして、今朝メールで送られてきていた長野の陶芸家市川さんの写真データーと組み合わせ、今朝写真撮り、このDMを制作しました。切手面は校正依頼をしました。市川さんも喜んでくれました。

2時過ぎ真鶴に向けて出発。6/11・12に小松石のスリットライトを持って四国のストーンフェアーに出展した亀川さんの所に行ってきました。会場では、私の明かりみんな興味を持っていたそうです。一台売れたとのこと。残りは、そのまま8月の「明かりロード展」に出展と言うことで、先方の担当者に預けて貰ったとのことです。ありがとうございました。四国のお土産までも頂ました。感謝!

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2011.6.12「上野原のクラフト展に参加しました」
11・12日の二日間何年ぶりかで、上野原のクラフト展に参加。久し振りの作家さんと懐かしい挨拶。
みんな苦しいながらも楽しく物を作っている姿に感銘。

初日は午後から雨が上がりましたが、来客数は少なく。どうも年々お客様が減っているようです。

私のブースです。友達から借りたテントのに戸板とちょっとした板でテーブルを造りその上に作品を並べました。何人かの人に見て貰い購入していただきました。
有り難かったです。
2011.6.9「ペンダント制作」
今日は、石の好きな「上木喬さん」から以前戴いた「木の化石」(彼が国立科学博物館で鑑定していただいた資料によると、2000万年前の物であるとのこと)でペンダントを作っていました。(上木さん元気かな〜)

年輪が綺麗なので、局面を造りその年輪を見せる形にしたり、右から2番目の石はほぼ真ん中に瑪瑙の筋が入っていたので、それを石の中心に形作りました。磨きは入れますが、全部磨くのではなく、必ず一部自然な表面を残すようにしています。それは、私がこのペンダントをしている時、時々触るのですが、ツルツル面と自然なザラザラ面のコントラストの触感が、何だか私の気分を癒すような気がしてか、心が落ち着くのです。ですから、そんな造りにしています。
見た目は木なんですけど、重さ感触、そして何かに当たった時の音が石です。

展示会でも、人気のアイテムです。
きっとその思いは、2000万年前の岐阜の山奥に飛んで行くのでしょう。
(と言っても、どんな風景かはなかなかイメージできませんけど・・・)

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2011.6.8「小松石の明かり制作」
6/11・12の土日は何年かぶりに上野原のクラフト展に出展することにしました。小松石のLEDライトを先日真鶴の亀川石材の社長さんに頼んで四国のストーンフェアーに出展(8月の「あかりロード」出展の作品を急遽出展して貰うことにしました)。ですから、今日も、小松石のライトを制作していました。何とか2作品完成かな?この作品をクラフト展に持って行く予定です。
さて、明日は、ペンダントを作ろうかな。
2011.6.6「陶芸家のDM制作」

河口湖の工房でふくろうを制作。夕方、山中湖に工房を構える木曽さんが作品を持って登場。外にテーブルを出して、その上に作品を並べ撮影会開始!バチバチ撮っても、最近はデジタルなので経済的なことを考えなくても良いし、直ぐにコンピューターに入れて結果がわかるので、枚数を撮った。彼の7月6日から始まる彼の展示会のDM制作です。何とか形になりました。仕上がりは、上の「DM版下作品集」をクリック!

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2011.6.4「町田のトイレ床修理」

町田の家にあるトイレ手前の小さな部屋の床は昨年11月24日に修理しました。でも、それ以上に合板がブカブカ床になっているトイレの床修理を下の子と一緒に開始!先ずは、トイレ便器を外します。4本のネジを外し便器を上に上げれば、下水管との合わせ部の固まっている部分が外れるはずです。一生懸命に垂直に上げるのですが、なかなか外れません。少しずつ便器を上げ、そこに板を重ねて・・・何とか外れました。その時、どうも腰を痛めてしまったようです(やばい!)。先日河口湖の工房でのトイレを取り替えてので、そこで外した便器をこちらに付け替えようとしたのですが、下の穴の位置が違ったのでこちらには合わない(残念!・・・)。床だけを張り直し、午後2時頃には終了しました。その後は、腰を抱えてゆっくり休むことにしました。明日は河口湖に移動です。家内の一言「やっとまともなトイレになった。今度は壁紙の張り替えだね」だって・・・。
化学薬品の販売のサラリーマンだった私が物作りの生活をして15年経ちました。家で壊れた物は自分で直す!そんなことを一つ一つ繰り返してきました。昔見たテレビの「大草原の小さな家」のお父さんの様に自分が少しづつなっていっている様な気がして嬉しいです。子供もとっても頼もしくなっています。感謝!

2011.6.3「朝の湖畔散歩」
河口湖湖畔の朝
昨日の雨に木々草花たちの濡れ姿
芦の中や木々の梢で鳥たちの楽しい会話
水面の波紋の下では魚たちの追い駆けっこ
山の頂は朝靄に見え隠れ
そんなゆっくりとした朝の散歩
2011.6月TOPより

ここ河口湖の大地にも  初夏の兆し
鳥たちの雛が生まれ、草木の丈が日に日に伸び
人間の生活をそこに寄せ付けまいとする
私は、いつまたそれらにメスを入れようかと
草刈りの時期の様子を伺っています。
河口湖のラベンダーの花は 今月半ばぐらいから綺麗に開花し始め
例年ですと観光客が世界中から集まる時期です
さて、今年はどうなりますでしょうか。
私は、今月も極力河口湖にいて作品制作をしていようかと思っています。
どうぞお出かけ下さい。お待ちしております。

いまだ放射能をまき散らし、更なる不安を一杯抱えている福島第一原発
もうこれ以上放射能の雨を 各地に降らさないでください。
諸々が せめて「風評被害だった」ぐらいで終わってください。
美味しいお魚を・お野菜を安心して食べさせられるようにしてください
そして、福島の子供達に本当に被害を与えないでください。
お願いします。そして心よりお祈りいたしております

   ・・・6月1日哲二記・・・

2011.5.31「町田の家で撮影会」
昨日一週間ぶりに町田の家に戻り、今日は四国の石あかりロード展に出展する作品を並べて撮影してみました。丸い穴のあいた明かりは、工房でこの光を見ていると何だか違和感があったので、光の色を一つの色に作り替えました。これですっきりしました。ふくろうを5羽ほど明かりの間に散らして棲まわせました。
結構良い感じでしょう。

今日は、ジュエリー作家の作品写真撮りで、DM制作。

「ふくろう達の石の街」

小松石のアクリルライト(電池&アダプター対応)ー

丸く穴のあいた石のお家の中
巣立ちを待つふくろうの子供達
外の世界を見つめています
お兄さんふくろう達が楽しく遊ぶ外の世界
とっても楽しそうです。
上を見ると大きなお月様が僕らを待っています
はやくこのお家からそんな大空に羽ばたきたいな
きっと楽しい世界があるのだろうな・・・

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2011.5.29「カラス何故泣(鳴)くの〜・・・」
河口湖のギャラリーの北側に檜葉の小さな林があります。その下辺りで「グワァー、グワァー」と声が聞こえました。側に近づくとその声を高くします。すると、木の上から二羽のしっかりした「カアー・カア〜」親鳥がその声に答えているのか、私を威嚇しているのか・・・。梢を移動しながら、その子供に近づいてきます。私はゆっくりシャッターを切りました。
どうも彼らの巣がその木の上の方にあり、数日前にそこから彼は落ちたのでしょう。まだ飛べないようです。
親はそんな彼をしっかり守っています。
雨の中の風景です。
2011.5.27「ここ何日間小松石の明かりを制作していました」
日曜日に河口湖に戻り、作品を作っていた。小松石とアクリルを使ったLEDの電球の明かりです。平行して4作品手がけました。今日は、一日電気配線工事。何とかそれらは完成しました。
この明かりは、今年の夏の四国・香川県の石灯り展に出す明かりです。この話は、真鶴の採石場のオーナーから「6月初旬に四国に行くから作品を持って行っていいよ。」との話に一所懸命に作っていました。
今月末には真鶴に持って行ければと思って何とかベースの4っつの明かりを完成!これをもう少しアレンジして、あと数日でまとめあげ一つの『磊造ワールド』として、完成させたいと思っています。

国は、今日のニュースでやっと「放射能汚染に対し1ミリシーベルトを目標にしたい」との(非常に消極的ですが・・・)発言をしていました。本当に、何故安全基準値を1から20ミリシーベルトに変えたんでしょうかね〜。(安全。より、一時の立場でお金優先の社会基準に惑わされたんですかねぇ〜)それにしても、真剣に福島原発周辺の人達の安全を考えて欲しいものです。東電の人達。何とかこれ以上被害を拡大しないでください。お願いいたします。

テポドンが打ち上げられていた時に、もし、原発を狙われたら・・・。何てことを考え、その時に対処する、シミュレーションを描けていたら、おそらくこんな災害にならなくてすんでいたのかもしれないと思いました。危機感の無い今までの縮図が今回の原発災害だと思います。(今となっては、何の意味もない発言ですね)

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2011.5.22「同窓会。再会。楽しい時間」

昨日は日大時代の同窓会。池袋に、遠くからは福島や愛知からも来て、11人集まりました。昨年から始まり「毎年5月に集まろう!」とその2回目です。みんな50代の半ば、会話は、昔懐かしい人の頼り話・それぞれの近況・そして健康を気遣った話など。。。来年も元気で集まろうね。Hさん幹事ありがとう!
そもそもこの会、昨年の1月にHさんが私の展示会に来て「みんなで集まりたいね」と言ったことから、「Hさん、忙しい?」「忙しいよ」「だったら、Hさんが何時何時何処何処に集まろう。と号令をかけてくれよ。暇な人は、何時でも時間を調整できるんだから、集まるよ」と勝手な理論で、彼に幹事をお願いしたのが、きっかけでした。火付け役が私なので、私は何があっても参加の心づもりです。

今回の震災を通して思いを新たにしたこと。「友達は本当に財産ですね。人の繋がりがあるから毎日を明るく生きていけるんですね」

2011.5.19「昨日いわきの町に行ってきました」

昨日は、朝3時半にいわきに向かい車を走らせた。朝まだ早くに、我が家に避難していたEさん家族の現在住み始めた家に到着。まだ、以前ご主人の叔母様が住んでいた、まだ住み慣れないという家を拝見しながら「これは、こっちにレイアウト変えた方が良いんでは・・・。ここ暗いね、夕方寄って電気を付けてあげるよ」の言葉を残し、家内の実家義兄の所に。
津波被害にあったその家の周りには、多くの人達が2ヶ月経ってもまだ片付かない崩れた家々の廃材を片付けていました。壊れた家と家との間には車がひっくり返っていました。家の基礎と2階が残っている義兄の家の前では排水溝に溜まった砂を義兄はシャベルですくっていました。「早くこの家を直してここに住むんだ」とその復興に全力を注いでいた。(まだ原発の不安が残っているのに。。)
一緒に食事をし、Eさん達が住んでいた町に行ってきました。本当に壊滅した町が目の前に広がっていた。Eさんのまだ形が残っている家の中に入り、玄関の天井にぶら下がっていたガラスの照明を外し、彼らの今住んでいる家の暗いところに付けるべく持って帰る。
他、何人かに挨拶をし持って行った水を配り歩きました。お墓参り。大分お墓も倒れたままになっていました。美紀は近所に住んでいた、今回の津波で亡くなった人の所にお線香をあげに行ってきました。いわき市での死亡者21人中実家近辺で8人が亡くなっている。複雑な気持ちになりました。

復興に頑張っていて「ここに骨を埋める」と言っている人達。原発事故の恐ろしさに「子供達を避難させるべくいわき市長に訴えている」と現在の第一原発の状況について私たちのまだ知らない情報を教えて貰ったり・・・。色々有った一日でした。
山梨の工房に戻ったのは、今朝の3時でした。

福島第一原発のライブカメラです。
http://www.youtube.com/watch?v=FptmoVcgpqg&feature=player_embedded
たまに白い煙があがるようです。

2011.5.17「愛用のカメラを修理に出す」

昨日、山梨から秦野を回って町田に戻ってきました。秦野では、美紀の師匠である小嶋さん宅での展示会「丹沢アートフェスティバル」初日。今、彼は彼の作品を使って映画の第二弾制作に燃えていた。エネルギーを貰ってきた。
今日は、愛用しているニコンの一眼レフカメラの調子が悪いので、新宿のニコンサービスセンターに行ってきました。以前から撮した画像に一カ所ドット抜け状態で、その下に赤いラインが一本入っていました(症状を発見してからの案内状などはの画像ちゃんとCGソフトにて修正して使用しています)。調べて貰った結果「CCDを交換しないと駄目ですね・修理になります。一週間ほどお預かりいたしますが・・・」との事。修理をお願いしてきました。

気になるのは、福島第一原発の事です。メルトダウンをやっと発表。やはり・・・・。もうなんて言って良いのか・・・。本当に、これ以上被害を拡大しないで終止するのかなあ???避難エリアは、どのくらい戻れない地になるのだろうか。哀しいですね。

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2011.5.15「展示会最終日」
春の工房展の最終日。真鶴の採石場の小松石を戴いている山の社長さん一家が夕方工房に来ていただきました。その下の子が、工房の空き地にある切り株の破片に大きな葉を巻き付けアケビの蔓で固定させました。スイカだそうです。ドウダンツツジの赤い花は、食べたスイカから飛び散った種だそうです。2007年の時にも工房に来て枯れ葉で人の姿を作っていました。なかなか自由奔放アイデアマンの少年です。このまま育って欲しいですね。

社長さんは、一昨日は福島まで石の配達を終えた後一泊して、昨日いわきで瓦礫の取り除きのボランティアをしてきたのだそうです。詳しく話を聞いてみると、美紀の実家のご近所で働いていた様です。何だか運命の様なものを感じます。

展示会も本日で終了!本当に静かな展示会でした。

2011.5.13「久し振りの体験です」
展示会第3ラウンド開始。今日は、東京から一人石の体験をしに美紀のお友達が来ました。糸魚川の石で花器を作りました。久し振りに教えるので、私の方が少し緊張してしまいました。明るい灰色の石で、正面に白い丸いラインが特徴の石です。早速、工房敷地内にある草を活けてみました。良い感じに仕上がりました。他にお客さんが数人来てくださいました。富士山も綺麗。お天気に恵まれた良い日でした。

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2011.5.9「本当に静かな展示会ですね」

河口湖工房での展示会第2ラウンド終了しました。この2日間、物作りの友達は来て貰いました。昨日は、工房に訪れる人は誰もいませんでした。ちょっと寂しい一日でした。でも、13〜15日の最終ラウンドがあります。それが終わったら、美紀の実家のいわきに日帰りで行ってこようと思うのですが・・・。やはり、展示会は5月連休を避けた方が良いのかなあ?

2011.5.7「展示会中です・・・。」

5月6日から2ラウンド目の展示会が始まりました。朝7時からギャラリーの北にある林の手入れ。木を切ったり枝落としをしたり、それらを燃やしたり、あっという間に10時の開店の時間を過ぎて・・・。お客様が来なかったので、かなり綺麗になりました。
今日は、夕方から友達を集めてBBQ。友達14人、ギャラリーの南にある広場のかまどを囲み5時過ぎに乾杯!溶岩プレートの上での焼き物以外に、こしあぶらの天ぷら(これは非常に好評でした)・豚汁も作ったり。会話に歌に時間があっという間に流れました。スコットランド生まれのCさんのスコットランド民謡には、みんな聞き惚れました。楽しい一時でした。

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2011.5.2「友遠方より来たる。また楽しからずや」

学生時代の友達二人がお昼頃工房に来た。家内を含めた4人でお昼からBBQを始めました。話は、学生時代の話から・・・お互いの子供達の話など・・・。楽しいマッタリとした時間。途中、近所のショップのオーナーご夫妻も現れたり、隣りに陶芸体験をしに来たお客様が、白い石のペン立てを求めに来たりしました。
日の明るいうちにBBQを片付け部屋に入り歓談していると、「一年間韓国行って父の葬儀に参加できなかったので、父の墓参りをしたい」と先日連絡があったカトリックの神父の従兄弟が来たので、みんなで父のお墓参りを一緒にました。
楽しい本当にゆっくりとした時間を過ごしました。

2011.5.1「展示会中石のビヤマグ作っていました」

以前と言っても去年の初め頃ですからもう一年半ほど前、展示会の時に来てくれた親戚家族の息子家族が家を建てたと言ったので、「お祝いをしなくてはね。何が良い?」「石のビヤマグを!」と言うので、作らなくては・・・。と思っているものここの所なかなか作れないでいました。ようやく時間がある時にコツコツと作業を進めてきましたが、やっと440グラムほどの重さになりました。(私の使っている陶器のマグは、250グラムでした)あまり薄くすると壊れやすいので、この辺で勘弁!磨きもあまり磨きすぎるとツルツルして滑るので、しっとりする程度の磨きに押さえました。工房に来た友達や美紀に持たせたら、「始め持った時には少し重いかな?と感じたけど丁度良い重さだね」とのコメント。

今日お客さんが、この雨のためか来なかったので、作業が進み完成しました。M君送るね!楽しみに待っていてください。

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2011.5.1「topより」

河口湖でも春の命が大地の中から顔を出し始めています
まだ大地は時々揺れ、あの大きな震災の余波が残っています
東北の人達の事を心に刻み 作品作りに拍車をかけなくては
今月は極力 河口湖にいて皆様のお出かけをお待ちしています
一番気持ちの良い季節だから  活動出来る季節だから・・・

・・・5月1日哲二記・・・

石の明かり「再生」

割れてしまった丸い石ころ
壊れてしまった物を嘆く・・・
でも、本当はその割れは大自然の変化
その中に光を灯し「再生」しましょう
明日を灯す光にしましょう
悲しみを思い出として大事にしながら・・・
東日本大震災の早期の復興を心よりお祈りしています

2011.4.30「朝の散歩」
展示会二日目の朝。美紀と二人で河口湖湖畔を散歩に出かけた。工房から湖畔に向けて歩いて7分ほどで浅間神社、その境内は桜の花びらの絨毯。その上を歩き、そこから湖畔沿いを西に、富士ビューホテルの庭に咲く桜。また西に向かう、「道の駅」側の湖畔沿いの芝生には。二人の影がくっきりと仲良く並んでいた。久し振りの二人での散歩でした。

展示会には友達が寄ってくれ、ゆっくりとした日を送りました。

今日私は、作りかけの作品を一つ完成させる時間もありました。

東京電力福島第1原発事故の政府の対応をめぐり、内閣官房参与の小佐古敏荘氏が、放射性物質の健康影響や放射線防護策の専門家の立場から、政府の情報公開のあり方や緊急事態に応じた被ばく放射線量の基準を決めた過程に疑問を投げかけその役務を辞任した。(やっぱり、20ミリシーベルト/年は子供には怖い数値だと主張しています。)
千葉に避難した美紀の姪っ子達は連休が終わる頃、そんなところに、帰ろうとしています・・・。

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2011.4.29「静かに展示会が始まりました」

展示会初日。何時も来て石のお話をする友達。作家仲間が数名、工房に来ていただけました。昨日は夜遅くまで工房のお掃除と飾り付け。その甲斐があったのか、「良い空間だ」との言葉もいただけました。嬉しいです。明日は、どんなお客さんに来て貰えるのでしょうか?

2011.4.27「展示会まであと2日」

河口湖の桜たちは満開!今年はここ数年より幾分開花が早いです。
美紀を河口湖に連れて行きくために昨晩町田に戻りました。

被災から一ヶ月半が過ぎ、被災されていないエリアの人達は、被災地の事を思い自粛傾向にありますが、こういう時期だからこそ、アクティブに行動するべきだと思います。花見をして馬鹿騒ぎをしても言いと思っています。最後に、被災者達の事を考えて祈ってあげ何か行動する次のステップにする事ができれば、それで良いと思います。こういう時期だからこそ、みんな繋がって行くこと、それを感じていることが大切ではないのでしょうか?ふとそんな事を考えてしまいました。(まあ、私の収入は、ほぼ展示会だけですから、展示会をしないと生活に支障をきたすので・・・)

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2011.4.25「大分綺麗になった工房」

29日からの展示会まであと少しです。この数年間体験をしなくなったので、あまり本格的な掃除をしないでいました。そんなわけで、結構汚れていました。工房に持ち込んだままになっていた石達も表の石置き場に戻してあげたり、土間に溜まっていた石の粉もバケツで何回も運び出しました。そんな工房が大分広く綺麗になりました。もう少し綺麗にしなくては・・・。作品も作らなくては・・・。
朝、ネット回線は動いていました。暫くすると、何故だか繋がらなくなってしまいました。お昼頃、プロバイダーに連絡。モデムなどのリセットや設定を試みるも改善されず・・・。新しいモデムを送ってもらうこと。NTT回線のチェック再構築をNTTに依頼すると言っていました。そんなわけで、暫くの間ちゃんとネットが繋がらない不自由な生活が始まりました。

2011.4.23「放射線許容量の1→20ミリシーベルト引き上げについて」

町田にいる美紀から「福島にいる人達に見て貰いたいからHPに貼って」とメールが来た

http://alfalfalfa.com/archives/3055297.html

その内容は、福島老朽原発を考える会をはじめ3団体の呼びかけで21日、文部科学省が児童の放射線許容量を年間20ミリシーベルトとする安全基準を出したことに関して、その数値を撤回するよう交渉を行ったその動画です。
質問事項に何も答えられないでいる文部科学省と内閣府原子力安全委員会の担当者の不勉強さ・準備の無さに唖然としました。
基準値が1ミリシーベルトからいきなり20ミリシーベルトに変わった事に対する理由は、単純に今回の原発事故被害の大きさへの国としての補償問題があるような気がします。規制地区を広げれば広げるほど補償金は増えるわけです。それを少しでも小さくしたい。と言う気持ちはわかりますが、本当にこれで良いのですか?こんなに簡単に基準値を変えて良いのですか?政府が国民を説得でき無いのであれば、国民みんなで考えていかなくてはならないのかもしれませんね。
基準値の問題もそうでありますが、4月18日の私の日記にあるように、政府の言っている判断基準となっている測定値と、実際地元の測定値とにずれが生じています。この問題も大きな問題かと思います。

以下に中央大学教授でもあり文部科学省科学技術審議会専門委員・・などを手がけている武田邦彦さんのサイトへのリンクを張りました。このサイトに放射能の事について色々書いてあります。見てみてください。(これも美紀からの情報です)

http://takedanet.com/

2011.4.22「Eさんたちのその後」

いわきに戻ったEさんの奥さんから電話が来ました。一昨日、河口湖の工房から送ったリンゴ箱4個の荷物が着いたといった電話です。
実は、河口湖の工房では運送会社と契約しているので金銭的にも・色々な面でも便利だから、こちらから送ったのです。しかも、リンゴ箱2個を荷造りテープで一つにしているので実質2梱包の代金でした(いや、それ以上安いかも・・)・・・。サイズ・重量の表では一箱に200円プラスぐらいで4個を一つにする事もできたのですが、流石にそれはやめました。
でも、運送会社に数日前に確認したら、「数日前に普段通りの配送になりました」との連絡内容で、送った翌日午前中に着いたわけですから、彼らのエリアは普段通りの生活ができはじめたわけですね。(今後の原発の動向しだいですけど・・・)
Eさんの話では、まだ色々事務的な事に追われての生活だそうです。彼らの住み始めた家は、数年前に亡くなったおばさんが生前一人で生活していた家で暫く空き家になっていた家です。その家がこれから彼らの新しい家になるわけです。「自分達の家の感じではないです」との事、思わず、「いつでも帰ってきてね」と言ってしまいました。ちなみに、津波で流された家は第一原発から30数キロだったけど今回の家は、そこから20キロほど離れた原発から50数キロの所です。少しでも離れてくれたので、まあ良かったと言ったほうが良いのかな?

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2011.4.21「原発について」

美紀からメールが来た。「これは原発についてのブログです。みてください。」
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

2011.4.20「久し振りの石探し」
山梨までの展示会まであと一週間と少し、今日は朝早く真鶴に向けて車を走らせた。私のMacの先生Tさんの所に、気になるノートPCを見て貰い。その問題は解決しました。
お昼、そのTさんと一緒に、震災後初めて採石場に行ってきました。採石場での話、「この地震で崩れた場所があったよ。幸い人が居なかったから怪我人は出なかったけど、すごい土煙が上がっていた。」との事、地震情報を聴きながら作業をしているそうです。その後、以前から行ってみたかった沼津の海岸を目指し車を走らせました。沼津の海岸は糸魚川の海岸に似ていて砂浜の上に手頃な大きさの石が転がっていました。その中でふくろうさんを何羽か見つけ連れて河口湖の工房にきました。
2011.4.19「今日我が家にいたEさんたちもいわきに戻りました」

我が家に避難していたEさん達も今日いわきに帰りました。車一杯にみんなから頂いた荷物を積み込み、4人午前中に出発しました。約一ヶ月と少し一緒に暮らしていました。急に寂しくなりました。色々片付ける事ややらなければならない事が一杯あるようです。身体に気をつけてください。そして、また状況が変わったらいつでも戻ってきてください。原発までの距離30kmを境にそこから逃げる人、戻る人、不思議な国です。

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2011.4.18「千葉に避難している義兄家族に会いに行く」

千葉に避難している義兄家族に会いに行く。義兄は現場復興のために暫く、義姉は色々な手続きの為2泊の予定で19日にいわきに戻る。彼らの孫達は、小学校を休んで千葉にいます。でも来週ぐらいには戻るとの事。心配です。今、いわきの小学校は、親の責任で送り迎えを車でしているそうです。当然表で遊ぶことや体育など無いそうです。現在、福島第一原発には風が南から吹いています。原発事故発生当時とは風向きが違っているため、特別避難地区から解除されたようです。でも、その地域の新聞に載っていた彼女たちの通う小学校の数値は、1メートルの高さで1.7μシーベルト1cmの高さで1.9μシーベルトとの記事を見ました。8時間外にいたとして年間計算してみますと約5ミリシーベルトの年間被爆となります。つまり以前の1ミリシーベルトは超え、文部科学省が先日発表した20ミリシーベルトといった範囲には入るわけですが・・・。本当にこれで良いのでしょうか?更に、風向きでその数値が変わるのであれば、秋から冬にかけては、その数値が高くなると予想されます。本当に大丈夫?子供をそんな危険な所に戻すの?
ちなみに累積51ミリシーベルト被爆で、慢性骨髄生白血病(労災支給)。累積70ミリシーベルトで多発性骨髄炎で死亡(労災支給)。累積100ミリシーベルトで悪性リンパ腫で死亡(労災認定)という報告文もあります。

2011.4.15「仲人さんの遺作展日取りが決まりました」
夜、河口湖の工房で今度5月連休頃の展示会案内状の宛名印刷をしていると、長崎に住む仲人さんの奥様から電話がありました。「『松本孝之遺作展』が来年の2月8日から佐世保の美術館でする事になりました。ついては、飾り付けなどお手伝いして貰えますか?」との内容です。「案内状やポスターなどもお手伝い出来ると思いますので、他にお手伝い出来ますか?」と答えると、「画集も作ろうかどうしようかとも思っています」
そんなわけで、この件で奥様が相談している長崎の画家の人が先生の出展作品を選ばれた後の8月頃、その絵を写真撮りするために一度長崎に行く事になりました。奥様からの要望は、美紀も一緒という嬉しいお話しです。もちろん来年の2月6日の飾り付けの時もです。

←松本孝之先生の絵です
(8年前の先生喜寿の祝い資料の一部から)

2011.4.14「桂化木の掛け花器制作」
河口湖の工房にて、気になることがあり、午前中は、それらを片付けるべくドライブ!・・そして午後。作品作り!でも空回り、イメージが浮かばない、そんなときにはふくろうを制作開始。
近所のAさんが私の工房に来て、最近手に入れた古いノートPCを、何とか動かすべく、頑張っています。
ふくろう作りに疲れた自分は、在庫の石を見直す。珪化木を見ていたら、壁掛けの花器を制作してみたくなりました。←←完成!かな?・・・石の上の黒い所は、この石の中の色です。(不思議だね)そこに掛け穴を開け、左のふくらみの部分に花を生ける穴を開けました。

気になる甥っ子に昼間電話していたら、夜、甥っ子から「15時57分女の子が生まれました」の報告電話。  嬉しいね!  きっと良いことあるよね!

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2011.4.13「河口湖に戻ってきた」

河口湖に一人戻ってきた。作品をギャラリーに下ろし、飾り付け始めましたが、何だか調子に乗らない・・・。
夕方近所のAさんと一緒に町の温泉に、そして夕飯をご馳走になってしまいました。
帰宅後、東京の家にいるEさん家族が先日いわきに戻ったときに撮ってきた約200枚ほどの写真を私のコンピューターに入れていたので、見ました。いわきに家内と行ったとき、いつも寄っていた家でしたので、それが・・・・。辺りは瓦礫の荒れ野です。そこにポツンと鉄骨で作った彼らのお家とすぐ側にある小さな神社のお堂。あれだけあったお家が・・・。この写真を彼らはどんな思いで写したのか・・。考えただけで、心が痛んできます。

2011.4.12「階段の手すり制作」

展示会が終わり、桜の花も見頃です。今日は町田の家でゆっくりしようと思っていました。でも、朝この家に3週間程前に来て生活しているEさんのお母さんが、階段を一段ずつゆっくりと下りてきます。そんなわけで、費用を掛けないで、何とかこの階段に手すりを作ろうと思い、その材料をさがしました。車庫にあった手頃の太さのサルスベリの木の枝一本。そして昨年から庭で立ち枯れている紅葉の木を切ってその一部を使用することにしました。木を切ってその枝を少し残しながら、皮を剥ぎ・ペパーを掛け・手すりのパーツを作っていたら、4月から専門学校に通っている下の子が帰宅。手伝って貰い、夜7時には何とかか完成いたしました。

↑ サルスベリの木の枝

     紅葉の木の枝  →

2011.4.11「あの日から一ヶ月。また地震」

所沢西武での展示会も今日で終了。17時過ぎ、片付けを開始し始めたころ、大きな地震警報「このビルは耐震構造になっています。周りに物がない広いところに移動してください」と店員の言葉。暫くして揺れ始めました。結構長く揺れていました。その後フロアーのお客さんは大分少なくなりました。震源地は福島北部。一緒に生活しているE家のメンバーは、昨日から津波に壊されてどうしようもない家を綺麗に壊して貰うように、家の中にまだ残っている大事な物を探しに行っていました。心配でした。高速道路もいわき辺りは閉鎖。下の道を走り日立から高速に、我が家に着いたのは、日を超していました。いわき市四ツ倉に住む美紀の友達から19時「やっと電気が付きました・・・」とのメール。あの地震から丁度1ヶ月後の出来事でした。

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2011.4.10「桜満開の回想と原発事故」

桜満開!! 朝、会場に向かう車からの風景。桜の街路樹がピンクに染まり、春の霞空にほのかなホンワカとした春を奏でている。
現実を忘れさせてくれる風景。昔、まだ子供達が小さい頃、町田の家の近くにある公園に、ご近所仲間でビニールシートを敷いて、それぞれが、食べ物とお酒・飲み物を持ち寄ってお花見を良くしていました。大人達の会話の周りを子供達がはしゃぎ廻っての楽しい一時。懐かしい時間でした。もう15年ほど昔のことになります。

昨日、また台湾から大きな箱が届きました。中には、お米と、乾麺・お魚・フルーツの缶詰等が入っていました。船便で送った荷物が届いたのです。有り難いです。このお米など、我が家にいるEさん家族達と一緒に食べて良いのかな〜?もっともっともっと苦しんでいる人達の元に届けた方が良いのかな?少し悩みました・・・。でも、我が家も・・・・。有り難く受け取っておきます。感謝!

福島第一原発の爆破映像をYoutubeで見ました。

http://www.youtube.com/watch?v=T_N-wNFSGyQ&feature=related

最初の爆発音の後の三回の爆発音。何だったのでしょう。アメリカのニューヨークタイムスでは、2号機の外で燃料棒を発見したと言っています。
怖い〜〜!怖い!
三号機のすごい写真です。 ↓↓↓

http://www.houseoffoust.com/fukushima/R3.html

3月19日の記事です。日本政府の発表は26日とかなり遅い。本当に、東電・日本政府の発言を信用して良いのかな? ↓↓↓

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110319ddm012040016000c.html

2011.4.8「大きな余震」

昨晩、マグニチュード7の地震が起きた。東京エリアは震度3程。でも、結構長い時間揺れていた。展示会会場が気になり、朝早めに家を出る。会場は、何もなかったように昨日のままの姿で私を待っていた。

2011.4.7「私の作品韓国に行く」

初日私のホームページを見て会場に来ていただいたOさん、昔、石の彫刻をしていた、「今もう使わない白の大理石があるから使いますか?あげます・・」と言うことで、今朝、石を頂に行ってきました。展示会場から車で10分ほどの所、彼女の自宅で、「あの会場で、向かって左側にあったスッとしたいしと、ふくろうさん達がその石を見つめている作品。まだあるかしら、あったら、韓国にお嫁にいった娘さんへのプレゼントにしたいと思っているんです。」と言うことで、売約済み。夕方ご夫婦で会場に来ていただきました。作品の後ろに、「結婚おめでとうOOOさん・△△△△さん・・・年・月吉日」と文字入れして、韓国に行くことになりました。有り難うございます。

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2011.4.6 「現実と、目の前の現象とのギャップの中で」

展示会会場にいると、今回の地震津波・原発被害は何処か別の世界の話のことのように、普段通りの風景が有ります。
子供達が元気よく走り回ったり、おめかしした若者が笑いながら、私の前を通り過ぎる。平和な一日です。
家に帰って、美紀が、「四ツ倉も避難することになった・・」という。中国メディアが、汚染排水を海に流したことについてクレームを出しているという。確かに問題が有るのかもしれないが、原子炉が爆発する事は避けたい。原発事故は確実に悪化の道を歩いていそうです。昼間の目の前の現象とのギャップが大きすぎる。

2011.4.5「私のHPを見て懐かしい人が来てくれました」

所沢百貨店までは、自宅から車で一時間と少し、近くに800円で一日置ける駐車場がある。電車で通うより安いし、気分的に楽ですから車で通います。百貨店の中には、思った以上にお客さんが多いので、頑張りがいがある。
本日は、昔、8年ほど前になりますか、河口湖の工房にきて、体験をしていただいたOさんが、私のHPを見て、彼女の家の近くなので来てくれました。色々お話しに花が咲き、石ころライトをお求めいただきました。有り難うございました。再会の嬉しさ、HP作っておいて良かったです。

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2011.4.4「展示会搬入日です」

所沢西武の展示会搬入日です。
午前中は、我が家で一緒に生活しているEさん一家が、明日いわきに色々な手続きで一端車で戻るに当たり、車にETC搭載されていないので、近所の板金屋のUさんにお願いした。お昼過ぎに搭載作業終了の連絡が入り車を貰いに行きました。「いくらですか?」「良いです。このくらいしか協力できないですから・・・」の言葉、思わず、目が熱くなりました。「有り難う。甘えさせて貰います・・・」
午後には、7日から町田のデザイン学校に通う下の子が、通学に使う自転車を買いに行きたい。と二人で、リサイクルの自転車を買いました。手頃な自転車があり・・・。私は搬入の時間に間に合わないので、彼を置いて自宅に。直ぐ、所沢に出発。
西武百貨店では、思った以上に人が居ました。電気も一つおきに付き、いつもより少し暗い感じでしたが、そんなに暗くは有りませんでした。私の明かりにとっては良いかもしれません。百貨店終了の20時には、飾り終わりました。明日から、どんな人に会えるのかなあ〜。

2011.4.2「大井川の石の『こもれびライト』」
大井川の石を工房の外に置いて一冬過ごした。ひびが入っていた所に水が入り込みそれが凍り、春先の今、そこで、石が剥がれるように、割れていた。バランスがよい剥がれだったので、少し浮かし、LEDの明かりを入れました。今日作った「こもれびライト」です。
2011.4.1「原発事故の えっ・・・!」

この度の原発事故について、その補償の話が論議されている・・・?
何で?・・・。目の前にまだ解決されていない大きな問題があるのに・・・。
火事が有って、まだ燃えさかる現場で、火を消している人達が、こんな問題を論議するのだろうか?真剣にその火を消している現場にいないからこんな話がされるのだと思う。
本当に、この日本は大丈夫なのだろうか?心配です。

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2011.4.1「トップより」

地球が身震いした。その身震いに死を見、感じ、心痛め、涙し、生の喜びを得。
まだまだ続く不安な毎日を送っています。
これに伴う、人災といってもおかしくない原発事故
福島の人達は、いつになったら安心して故郷の復興を見ることができるのか?
昔、義兄家族と行った夜ノ森の桜は(第一原発から7km程の所にある)、今年、誰にも見られることなく咲くのだろうか?
早く終わって欲しい、福島第一原発事故の惨事。  修復そして、廃炉へ・・・
あまりにも無惨な人間の奢り。過信。
大自然のほんの一揺れに無惨にも崩れゆく人知、隠せない動揺・・。
・・・・・・・・・
被災に遭われた人達の早期復興を!これ以上に酷くならないで欲しい原発問題!
本当に、本当に心より切実に望みます。春の桜を心から美しいと感じ見られる日を望みます!

・・・4月1日哲二記・・・

千葉九十九里では、桜の花の蕾が大きくなっていました
折れた枝の幹部に一杯花芽が出ています。
この木も何度も何度も痛み付けられながら、
再生しているんですね。
今月は、5日から11日まで所沢西武での展示会です。

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